アイルランド/カナダ 2015
監督 レニー・アブラハムソン
原作 エマ・ドナヒュー



この作品が斬新だったのは、多くは加害者側、もしくは事件を嗅ぎつけた第三者側からの視点で描かれるのがセオリーなこの手の題材を、被害者側の視点から、しかも子供の視線を中軸として描写した点にあるように私は思います。

産まれてから5年間、一切外界を知らず、狭苦しい納屋が世界の全てである少年、という序盤の状況設定、これ、え、どういうこと?なにが起こってるの?と画面に釘付けにならないほうがおかしい。

おそろしく異常な状況下で少年は生活することを余儀なくされているわけです。

だが、少年にとっては、産まれてからずっとそうなのだからそれが当たり前。

格別不満を抱いている様子もない。

だが、一緒に居る母親は当然それが普通じゃないことを知っている。

この通じ合っているようで通じ合っていない噛み合わせの悪さ、双方深い愛情で結ばれているのに溝がある、という見えない距離感の描き方は見事の一言でしたね。

最初の数十分を見ただけで、この親子の行く末はいったいどう転んでいくのだろうか、と気になって仕方がない。

序盤の仕掛けで早々に餌に食いつき、早く釣り上げてとばかり、針を吐き出す気すらない状態の私。

久しくこういう映画に遭遇してなかったことだけは確か。

で、その特異な関係性、アンチモラルな親子像にどう落とし所を見出すのか、といったテーマは後半でもブレずに追われてて。

犯罪被害者が犯罪そのものから救われても、それが決してすべての解決を意味するものではない、とした終盤の展開は、取り巻く社会やその家族にすら疑問を投げかける優れたものであったように思います。

親子にとって本当の救いとはなんなのか。

二人が安住を見出せる場所は納屋以外にひょっとしたら存在しないのではないのか、という黒々しい懸念にさいなまれ、ひとり嫌な想像に手に汗握る私。

これは凄いところへ行こうとしてるぞ、さあ、どうするつもりだ監督、さあ、さあっ、と1時間40分を超え、まんじりともせず画面を凝視してたんですが、・・・・・・・あれ?

いやいや、あれ?

これからでしょう、というところでカメラが突然ロングショットで二人を撮りだしてエンドロール。

ええええええええええ?

ここで終わってしまうのか、と唖然。

え?そんな儀式めいたことで全部解決しちゃうようなことだったんですか、と激しく混乱。

うーん、もっと掘り下げてくれるもの、と一方的に思い込んでた節があるんですよね、私。

さて、どうしたものか。

冷静に振り返るなら、これはこれでなんら過不足のない内容だった、とは思うんです。

説明的な演出に色気をみせない(監禁前の過去シーンのフラッシュバックとか)潔い構成も良かったし、ジェイコブ君の演技も素晴らしかった。

胸をうつシーンもいくつかあった。

ただ個人的にはテーマを完遂してない、と思える残尿感がどうしてもある。

なにが抜け落ちてるか、って、親子が世間と対峙しないままなのが私はやっぱりひっかかるわけで。

世間に負けて母親は終盤であのような捨て鉢な選択をしちゃったわけだから。

そこを乗り越えないと未来はないわけですよね。

どう世の中に立ち向かっていくのか、を私は知りたかったし、見たかったんですよね。

結局2人の世界で自己完結、なんです、この終わり方だと。

危うい。

あまりにも危うい。

まあ、こんなこと言ってるのはきっと私ぐらいなんでしょうけど。

余談ですが、私なら犯人の顔は最後まで画面に映さず悪意の象徴として偶像化したな、と今ふと思った。

やばい、アラ捜しを始めてるぞ、俺。

いかん。

困った映画です。

夢中になったのは間違いないんですが、最後の最後でなんか拍子抜けさせられた、というのが正直なところでしょうか。

期待を膨らませすぎたのかもしれません、面目ない。





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