アメリカ 1992
監督 ダリオ・アルジェント
脚本 ダリオ・アルジェント、T.E.D.クライン



監督の実の娘であるアーシア・アルジェントを主演に迎えて制作されたサスペンス。

フェノミナ」「オペラ座血の喝采」と、アルジェント偏執の美学が頂点に達したか、と思われる傑作を立て続けに形にしたあとの作品ゆえに当然期待は高いわけですが、あれ、ちょっと初期の作風に戻っちゃったかな、ってな感じですかね。

良くも悪くもジャーロ。

ありていに言うならゆるい。

一概に断言はできませんが、やっぱりアメリカ資本、ってのが影響しちゃったか、と。

インフェルノ」の悪夢が脳裏をよぎるわけです、やはり。

最初に気になったのは、特殊効果にトム・サビーニを招聘してまで制作された割にはゴアな描写がソフトな点だったんですが、いざ終わってみれば、お得意のサディズムに徹したヒロインいじめもどこか手ぬるい感じだったよなあ、と。

いや、もっと過激にグロにやってくれなきゃあ、ってわけじゃないんですけどね、そこまで執着するのか、というのがあるから至らなさも許容できる部分はあったわけで。

普通にサスペンスじゃあ、もっと整合性が高く、緻密な映画を撮る人はたくさんおられるわけです。

で、その監督色の希薄さがですね、あれこれ放漫な作話ぶりを浮き彫りにしてて。

とりあえず犯人を決定づけるトリックはかなりひどい、といっていい。

どう考えても無理がありすぎます。

また、なぜ犯人が犯行に至ったのか、その動機がもう完全に後付けで。

それなりに伏線なり、示唆するものがあってこそ、あっ、あのシーンはそういう意味だったのか、と観客も膝を打つんであって。

完全にオチとそれまでのストーリーの流れが断絶してる状態で意外性だけ求められてもですね、受ける印象は、なんでもありかよ!ってなだけ。

ここはもっとちゃんと描写しておかないと話がつながらないだろ、と思う箇所もありましたし。

ただまあそれでも、犯人が連続殺人につかうワイヤーを利用した小道具とか、意味なく降霊会とか、アルジェントらしいアイディアやハッタリはないわけではなかったんですけどね。

落ち着きなく危うい雰囲気のアーシアも彼の映画にははまり役、と思いましたし。

熱心なファン意外には評価されにくい一作、ってのが結論ですかね。

どうも監督は母国イタリアで撮らないと本領発揮できないみたいですね。

少なくともこれはオペラ座の次にくる作品じゃない。

余談ですが、アーシア、何の必然性もなく若干17歳にして作中でバストをさらしてます。

実の娘に平気で脱がせるアルジェント監督、プロと言うべきか頭のネジがやっぱりとんでる、というべきか・・・。

以降のアルジェント作品で彼女は常連になるんで、無理強いされた、ってわけじゃないんでしょうけどね、まあ、常人の物差しでは量れぬ親子関係ではありますね。





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