カナダ 2012
監督 スコット・シャーマー
原作 トッド・リグニー



ホラーと言うよりはシリアルキラーを題材としたサイコサスペンスと言った方がいいような気もします。

結局この作品が高く評価されたのは、殺人者をその家族、弟の目線で描写したことが目新しく写ったからじゃないかと。

ま、その点のみに着目するなら作品の切り口そのものは確かに斬新だったもしれません。

兄が殺人者であることを早々に暴露してしまうオープニングもなかなか挑戦的なシナリオライティングだ、と思いましたし。

普通はオチで「実は兄が・・」みたいな感じでどんでん返しですよね。

それを先にやってしまうことで必然的にストーリーは、異常者の兄とどう関わっていくのかに焦点が絞られることになる。

ただ1人真相を知る弟が、幼いながら外面と内面を使い分けなくてはならなくなる物語の展開は、ありえない異常な環境で日々を過ごすことを強いられる少年の成長物語として、ちょっと見たことのない奇妙なドラマを形成していたように思います。

ただね、問題なのはですね、そのまま脇目もふらずに観察者の視点で最後まで突っ走れば良かったものを、わざわざホラー的な見せ方に監督が色気を示していることなんですよね。

これね、やっぱりどっちつかずになってしまうんです。

スプラッター色を強調したいのなら、やっぱり些少なりとも怖くなきゃいけない。

けれど監督は怖さを演出することにまるでこだわってない。

怖くないのにただスプラッターって、それ趣味の悪いお笑いか、単にグロなだけですよね。

その弊害はせっかく緻密に積み上げてきた弟のドラマにも悪影響を及ぼしていて。

語り口の先に見えてくる帰着点は「なぜ兄は弟と同じ家庭に育ちながら異常な殺人者になってしまったのか?」でないといけないはずなんです。

それがあってこそ、中盤までのこの手の作品らしからぬドラマにも血が通いだす、ってなもので。

そこを監督は安易にショッキングな結末を用意することで全部良しとしちゃってるんですよね。

なにか想像を促すヒントすら見当たらない有様。

これだと兄の存在は「至極記号的な悪意」以上の解釈ができなくなってしまう。

もともと変な奴だったんだよ、で片付けてどうする、って話で。

ラストシーンは思わず声が漏れるほど衝撃的ですが、上述したようにそこに至るまでの筋道に断絶があるんで、なにやら出オチに終わってしまってる感はどうしても否めない。

そもそもなんで最後に殺戮のターゲットがそっちにむいちゃったの?ってところからしてよくわからないんですよね。

あの程度のことで自暴自棄になるんならもっと早い段階ですべて崩壊してたでしょうが、ってつっこめてしまえるんです、やっぱり。

弟だけは溺愛、ってのも根拠不明ですし。

なにを描きたかったのか、なにをテーマとしたかったのか、怖がらせたかったのか、それとも黒々しい心理劇をやりたかったのか、物語を編むとは一体どういうことなのかを今一度再考してみて欲しい、と思う次第。

多分、兄の苦悩、その殺戮衝動がなにに由来するものなのかを最後に切々と描いた方がよっぽど背筋は寒かっただろうし、そこから派生するであろうエンディングもきっと弟の心情を深く汲み上げたものになったはず。

もっと良くなったに違いない題材なのに、なんか舵取りを途中で間違えてしまった作品、といった印象でしたね、残念。





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