アメリカ 1985
監督 スチュアート・ゴードン
原作 H・P・ラグクラフト



死体を蘇生させる薬を発明した天才学生の蛮行と、その後のてんやわんや(死語)を描いたホラー。

当時、ホラーファンの間で結構話題になった作品です。

私は後追いで見たんですけど、なるほど人気なのも納得だ、と思った記憶あり。

今回20年ぶりぐらいに再視聴したんですが、いやー時の流れというのはつくづく恐ろしいものだな、と。

若い時は大喜びして見てたものが、歳月を経ると楽しめなくなる、ってのは悲劇なんだか喜劇なんだか。

まあどちらにせよ20代の頃の私はかなりバカだったんだな、と揺るがぬ確信を得たりもしたわけなんですが。

物語の構造自体はゾンバイオという謎の造語が冠されていることからも察しがつくように、いわゆるゾンビもの、と思って間違いないです。

一般的なゾンビが自然発生的に増殖していくのに対して、こちらはマッドな学生が人為的にゾンビを増殖させていく、と言う構図。

なので血液感染はないんですね。

では何故主人公は死体を蘇生させるのか、というと、彼は自分の開発した薬で名を上げたいからなんです。

彼にとってはすべてが臨床実験にすぎない。

「僕は最長6分の脳死の壁を超えたのだ」と医学界に喧伝したいんですね。

で、この段階で早くも物語の前提に大きなパラドックスが存在してまして。

いくら死体が蘇ったところで、息を吹き返した人間が理性の欠落したゾンビじゃ意味ねえだろ、ってことに何故お前は気づかないのだ、と言う。

でも主人公は止まらない。

死体安置所に潜入してまで薬を投与する有様。

いやいや、その前にゾンビ量産してるからお前!って話で。

また、蘇った死体はどういう行動規範を持つのか、そのルール作りがひどく曖昧で。

首と胴体が生き別れになったゾンビが後半登場して大騒ぎを起こすんですけど、そのゾンビね、なぜか1人だけ理性があって、首だけなのにもかかわらず自分の胴体を遠隔操作したりしやがるんですね。

どういう原理なんだよ!とあたしゃ目が点。

もう法則性も医学もあったもんじゃないです。

もはや終盤はただグロでスプラッターなパーティナイト状態、レッツクレイジー。

なんか逆に笑えてきたりもしましたね、私は。

一応、ラストシーンは乱痴気騒ぎの落とし所となる着地点が用意されてたりはするんですが、これもねー、さんざんデタラメやらかした後なんでどこかそぐわない印象を受ける、というか。

ペット・セメタリーのほうが似たようなネタで遥かに上手にやってる、というか。

ああ、怪作。

いかにもな80年代ホラーというのが正しいのかも。

ま、ホラー好きに喜んでもらうとする溢れんばかりのサービス精神は強く感じましたけどね、これを、改めて見てみてもやっぱり良かった、とはさすがに言えません。

あの頃を懐かしむマニア向けでしょうね。

ただし、思い出補正が消し飛ぶのを覚悟の上でどうぞ。

しかしこれ、本当にラグクラフト原作なのか?とてもそうは思えんなあ。





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