フランス/ベルギー/日本 2016
監督、脚本 黒沢清



ダゲレオタイプと呼ばれる世界最古の写真撮影方法に取り憑かれた男と被写体であるその娘、助手の奇矯な関わり合いを描いた物語。

日本の至宝、黒沢清が初めて海外でメガホンをとった作品でもあります。

オールフランスロケで全編フランス語という内容ですんで、言われなきゃ黒沢だとわからないかもしれないな、なんて、見る前には思ってたんですが、もうね、全くの目算違いでございました。

始まって数分で、あ、これはまごうかたなき黒沢の映画だ、と確信。

フランスとか外人とか全然関係ないです。

揺るがぬ作家性は微塵も環境に左右されてませんでしたね。

冒頭、ただ単に写真家の洋館を訪ねるだけのシーンが早くもすでに不穏。

階段脇の扉がすうっ、と開くだけで怖くて仕方がない。

いや、ちょっと待て、これホラーなのか?と。

ニンゲン合格(1999)とかトウキョウソナタ(2008)みたいな人間ドラマじゃなかったの?と。

えーすいません、ホラーでした。

どこでどう思い違いをしていたのか私は。

でも店やウェブでもホラー扱いされてないように思うんですけどね、そのせいもあったのかな。

ご注意を。

間違いなくホラーです。

しかもどちらかと言えば古いタイプの。

私は見ててなんとなく雨月物語とか、あのあたりの古典とも言えるしっとりとした日本の怪談を思い出したりしましたね。

ただ監督は、本作をゴシック・ホラーがやりたくて撮った、とインタビューで語ってます。

マッド・サイエンティストとその実験台にされる娘の非業を描いたようなタイプの。

そう言われてみればまさにそのとおりなんですけどね、私はそこに至極日本的な情緒が見え隠れしてるような気がしましたね。

それこそが監督の武器なのかもしれませんけど。

とにかくまあ、物語はストーリーが進めば進むほど濃い狂気をはらみながらどんどん怖くなっていきます。

もう、片っ端からみんなおかしくなっていくんですよね。

どこまでが現実でどこまでか錯覚なのか、それすら曖昧なままノーブレーキーで破滅へまっしぐら、って感じ。

特筆すべきは、ホラーではありがちな虚仮威し気味の特殊メイクや、CG頼りの派手な脅かしに監督は見向きもしてないこと。

非常にシンプルに、見えているであろうものをそのまま見せる、と言うやり方で勝負してます。

でもそれがやたら背筋にくるんですよね。

やっぱりこれってタイミングと構図、弛緩と緊張を計算し尽くした匠の技なんでしょうね。

気がつきゃ、ちょっと待て!今後ろになんか居なかったか?と必死で目を凝らしてる状態。

白眉だったのは中盤の階段のシーンでしょうね。

冷静に振り返るなら、なんてことのないワンシーンなんですよ。

なのに私は右手に持ってたコーヒーをひっくり返さんばかりの勢いで飛び上がった。

心臓に悪い、とはまさにこのこと。

ほんとこんなこと近年じゃあ黒沢監督ぐらいしかできないと思います。

「でもやっぱり地味だし、冗長だよね」という批判はきっとあるでしょう。

131分もの長尺な作品の割には驚きのオチや、唸らされる落とし所が待ち受けてるわけではありませんし。

しかし私は、ダゲレオタイプという聞きなれぬ素材を用い、古典を狂気と言う名の漆喰で箔付けた監督の独自性を評価したいですね。

ちょっとファンの欲目がはいってるかもしれませんが、クリーピー偽りの殺人(2016)よりもこっちのほうが黒沢らしい、と私は感じました。





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