アメリカ 2016
監督 ギャビン・オコナー
脚本 ビル・ドゥビューク



よくできたアクション映画だと思います。

某ジェイソン主演映画のように、無敵のヒーローがただ大暴れするだけで物語の体をなしていないわけでなく、ドラマがおざなりでキャラ頼り、というわけでもない。

きちんと掘り下げられた人物描写、細部をおろそかにしないストーリーの組み立てがあるし、あっ!と言わされる、ってほどじゃないけど丁寧に伏線を回収したオチが最後には待ち受けてて感心させられましたし。

アクションシーンの撮り方も悪くない。

なんかバタバタしてるだけに見えがちな、カット割りの細かいハリウッドの撮影法を逸脱するものではありませんが、それなりにスリリングで空間認識に長けてるように私は感じた。

まあ、ヒットしたのも納得ですね。

普通に見てる分には128分の長尺を感じさせない優秀な1作、と言えるように思います。

あくまで普通に見てる分には、ですけど。

えー、実は私の場合、ひとつだけひっかかった点がありまして。

それがなにか、というと「主人公が生まれついての自閉症である」という設定なんですよね。

まあ自閉症といっても症状はさまざまですんで断言はできませんが、過酷な訓練を施した結果だからとはいえ、主人公が闇社会の怪しい人物相手の会計士であり、ヒットマンでもある、ってのはさすがに無理がありすぎるんじゃないか、と思うんですよ。

しかも絶対に殺されないことで知られた伝説的人物って、あまりにカリカチュア化が過ぎるんじゃないか、と感じられてならない。

いや、やりたかったことは分かるんですよ。

制作側は、自閉症といえど、正しくその能力を発揮できる機会を与えてやれば常人以上の力を発揮するのだ、と訴えたかったのでしょう。

決して普通より劣る存在と言うわけではないのだ、と。

そこに異論はない。

映画作りのために何人もの自閉症患者と対話してきた監督や、主演のベン・アフレックの努力をくさすつもりも毛頭ない。

でもね、いくら映画だからといって、諦めねば努力は必ず報われる的な薄甘い能天気を自閉症などというデリケートな問題でやらかしていいのか、と私は思うんですね。

現実に、どんなにがんばっても希望が見えてこず、今現在も苦しんでる人たちが世界には存在するわけですから。

そこをヒーロー視してしまうことによって、かえって無理解を助長することになりはしないか、と私は懸念するわけです。

「表現すること」って、常に誰かを傷つけることと背中合わせなのは間違いありません。

だから作品を制作し、発表する側は常に「覚悟」を持ってその現場に望まなきゃならない、と私は思うんです。

その「覚悟」が、この作品に本当にあったか?という部分が私は疑問なんです。

安直に、自閉症が凄腕ヒットマンだったら面白いよね、でカメラまわしてねえか、お前ら?と。

まあ、百歩譲って「覚悟」はあった、ということにしておくとする。

けどね、それならそうで、主人公が暗黒社会の人殺しであることになんらかの見解が必要だと私は思うんです。

だって、決して真っ当なわけじゃないから。

いくら能力をフルに発揮できてるからとはいえ、犯罪者であって、常に危険と背中合わせだから。

つまり、主人公にとって「闇の会計士」であることが真の救いとはなってないんですよね、見てる限りでは。

むしろ泥沼化してるようにすら思えてくる。

そこから何が見えてくるか、というと「高い能力が欠落を補おうとすると、普通の社会じゃやっぱり無理だよね」という侮蔑でしかない。

そんなことを描きたかったわけじゃないと思うんですよ。

でも結果的にそうなっちゃってる。

自閉症のヒーローという偶像を作り上げることだけに躍起になって、それが本当は何を意味するのか、あなた達はきちんと熟考を重ねましたか?と、私は今一度問いたいですね。

非凡に思えたところもあっただけに残念。

何も考えなきゃ楽しめるとは思うんですが、私にはちょっと無理。

多分2度と見ることはないでしょう。





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