スウェーデン 2008
監督 トーマス・アルフレッドソン
原作 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト



人あらざる少女といじめられっ子な少年のはかなげな恋を描いた風変わりなホラー。

副題にはもう少し気をつかってほしい、と心の底から思いますが、日本人はネタバレ前提で見るしかないんでしょうね、やはり。

「200歳の少女」で口元に血、ときては吸血鬼しか思い浮かんでこないですしね。

ほんとにね、不粋としか言いようがなくて、お前は正気なのか!と担当者の胸ぐら掴んで脳ミソゆすぶってやりたくなりますね、これ。

今更どうしようもないですけどね。

物語は至極シンプルに、少女と少年のボーイ・ミーツ・ガールな幼い恋を描いた内容なんですが、出色だったのは少女が永遠の12歳を生きる存在だった、という設定でしょうね。

しかしまあ、こんな哀しい存在もないですよね。

何百年も生きて、いくら知恵がついたところでその容姿が社会に溶け込むことを許さないわけですから。

いくら中身が大人だったとしても子供として生きていくしかない。

異形である上に、埒外であるという呪縛。

ただ生き延びることだけを願うなら、少女が吸血鬼であることを知った上で協力してくれる大人の庇護下にあることがベストなんでしょうが、異性を求める気持ちをこの世の終わりまで押さえ込むなんてできようはずもなく。

こんなの、ろくに人生経験もない同い年の少年に扱えるような物件じゃないのは間違いないです。

それは少女自身が100も承知なはず。

けれど、破綻する可能性のほうが高いことを知りながらもお互いに求めあってしまう。

これを「切ない」と言わずして何を切ないというのか、という話で。

見てる人はみんなわかってる、と思うんですよ。

ああ、絶対無理、うまくいくはずがない、って。

だからこそ余計に、二人の慈しみ合う気持ちが染みてくる、というか。

舞台である雪深いスウェーデンの白銀のまばゆさと、飛び散る鮮血の毒々しい赤さのコントラストも鮮烈。

どこか美的ですらある、と感じるのがなんとも恐れ入る。

これは名作でしょうね。

ただ、30年来の漫画好きとしてはですね、ひとつだけひっかかる点がありまして。

プロットそのものが萩尾望都の「ポーの一族(1972)」と、あまりに酷似してるんですよね。

ポーの一族の場合、吸血鬼なのは少年でしたが、それ以外はテーマもあつかう題材も非常に似通ってる。

オスカーという主人公の名前も、萩尾作品ではあまりに有名な登場人物と同名ですし。

まさかはるかスウェーデンの作家が日本の漫画を読んでるとも思えないんですが、70年代に萩尾望都の洗礼を受けた読者諸氏は「パクリやん!」と声を上げるかもしれませんね。

映画と漫画は別物、と考えたいところですが・・・。

興味を持たれた方はポーの一族、読んでみるのも一興かもしれません。





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