アイスランド/スイス/アメリカ/ニュージーランド 2015
監督 クレイグ・ゾベル
原作 ロバート・C・オブライエン



核汚染によってほぼ人類が死に絶えた近未来、独特な地形のおかげで奇跡的に環境曝露をまぬがれた谷間で偶然出会った3人の男女を描いた作品。

いわゆるディストピアSFなのかな?それともアイ・アム・レジェンド(2007)みたいな終末もの?と早とちりしてしまいがちですが、多くの人が想像しそうな荒廃した都市の情景や、ブレードランナーのようなサイバーパンク風の作り込まれた映像はこの映画、ほぼありません。

てか、CG使ってないです。

じゃあどうなってんだ?というと、山、ですね。

うん、山、と谷川。

田舎で撮影しましたよ、と。

でもここ以外は放射能で汚染されてるからとても危険で、出歩いたりはできない、という設定なんですよ、と。

あんまり予算がなかったんだろうなあ、と思います。

でもねー、のどかな山間部の風景を「人類に残された最後の希望の地」と言われてもですね、なかなか「おお、そうなんだ」とはならないわけで。

ドラマ作りでそう感じさせよう、と腐心してるのはよくわかるんですが、やっぱりある程度は絵で見せてくれないとね、なかなか物語世界にすっ、と入っては行けないわけです。

CG使わないなら使わないで説得力をもたせる方法はいくらでもあったと思うんですけどね、監督の意識がそっちを向いてない、といいますか。

例えばオープニングで動物の死骸が川の上流から流れてくるとか、枯れ果てて変色してしまった森を写すとかね、そんなケレン味たっぷりなカットひとつで全く印象は変ると思うんですが、やろうとする素振りすらみせない、ときた。

むしろ力点がおかれてるのは会話劇で。

ああだ、こうだと見知らぬ者同士の距離感を、厳しい状況下においてなんとか埋めていこうとするシナリオ進行なんです。

で、それが何をこの映画にもたらしているか、というと、想像性のなさ、だと私は思うんですね。

私が見終わって最初に思ったのは、これ別にSFである必要ねえじゃん!でした。

わざわざ人類の終末を持ち出してこなくとも、この内容なら現代劇で充分料理可能じゃねえかよ!と。

だってね、下世話な言い方をするならこの結末って、男女の痴情のもつれが行き着く果てを取り上げたに過ぎないんですよね。

似たようなオチのサスペンスはごろごろ転がってると思うんです。

それを違う器に盛って、黙示録のアダムとイブ、とか喧伝されてもですね、いや、そりゃ過大に錯誤しすぎだろう、と。

核汚染後の近未来、という舞台を安直に用いたありがちな愛憎劇、というのが私の評価。

うーん、SFならねえ、もっと想像力の翼をはためかせてくれないと。

あと、マーゴット・ロビーが予想外に存在感なくてなんか残念でした。

ハーレイ・クインをイメージすると大きなしっぺ返しをくらうと思います。

なんだか舞台劇(戯曲)でも見てるような気分になる一作でしたね。