1968 水木しげる



2010年にNHKで放映された「ゲゲゲの女房」のおかげで一躍国民的漫画家に祭り上げられて表彰までされてしまった水木しげるですが、みなさん本当に水木しげるの漫画、読んでるのかなあ、と言うのが私の正直な感想だったりします。

というのもね、この方、決して手塚治虫のように多産の天才でもなければ、突出した大傑作がある、と言うわけでもないからです。

もちろん何度もテレビアニメ化された鬼太郎や悪魔くん、後年の戦記漫画等、記憶に残る作品は多数発表されてますが、実は有名な作品に限ってほとんどきっちり完結してないんですよね。

完結していない作品を、さて傑作と呼んでいいものなのか、そこで迷う部分もありますし、それ以前に、私の考える水木しげるの魅力とは、貸本時代からほとんど変わらない頑固一徹なスタイルと独特のゆるさ、ペーソスにあるのでは、と感じているからなんです。

それって立ち位置としては三振の山を築く剛速球投手ではなく打たせてとる変化球投手なんですよね。

しかもものすごく球筋の独特な。

コーチがどうアドバイスしたところでまるで変わらない、変えようとしないタイプ。

それでいてそこそこ勝率は上げてしまう、という不思議な存在。

それが証拠にこの方のフォロワー、後続と思われる漫画家ってほぼ存在しません。

水木しげるは水木しげる1代限り。

それが表彰に値する、と言われればなにも反論はできないんですけれど。

たとえばこの方、動きのある絵がほとんど描けません。

かの有名なねずみ男のビンタシーンに代表されるまでもなく、アクションシーンに躍動感が一切ない。

キャラクターの描画はおそろしく雑なのに、背景の凝り方ときたらその描き込みの緻密さが尋常じゃない、というのも特徴と言えるでしょう。

はっきりいってシナリオ構成もいきあたりばったりで雑なものが多いです。

これ、物語の体をなしてすらいないのでは、と思えるのも結構あります。

それが今現在に至るまで全く変わらない。

妖怪、この世あらざるものに注目した着眼点は先見の明があった、と思いますが、それもですね、こういっちゃあなんですが、うまい具合に時代が後からついてきたのでは、と思わなくはないです。

それぐらい本当に好きなようにやってらっしゃる。

ただですね、それに一度はまっちゃうとね、そのゆるさが妙にクセになったりはするんです。

で、私がそんな水木しげるの作家性が最も顕著に現れていて、不思議に印象に残る作品として奇妙なバランスで結実した、と思うのがこの河童の三平。

まー適当な漫画です。

ナンセンス漫画か、これは、とクラクラしてくることうけあい。

意味なくヤマなくのんべんだらりと田舎の小学生の摩訶不思議な怪異譚を描いた作品なんですが、何かを成し遂げるわけでもなければ、大枠のストーリーがあるわけでもない、タヌキや死神がキャラとして人語を話す設定なんですけどそれが物語として重要な意味を持つわけでもない。

なんせ真剣に屁で空を飛んだり、音楽を奏でたりする回があるぐらいなんですから。

なにをどうしたいのかさっぱりわからない。

やる気あるのか、と言いたくなってくるぐらい。

ところがですね、この作品最終回近くになってから突如加速しだすんです。

はっきりいって焦ります。

え、なにこの展開、とページをめくる手が汗ばんできます。

とりあえず私は、ええっ、こう終わっちゃうの?と読了して愕然としました。

なにか計算があった、とはとても思えませんが、読み終わってから全体をふりかえるなら、実はこの作品って、妖怪も人間も動物もなにもかもをすべて同列に描こうとした作品だったのでは、と思ったりもしました。

拡大解釈するなら、それこも生も死もすべて横並びです。

そこになんら区切りはない。

こういうイレギュラーが存在するから水木しげるは侮れないんです。

エンディング、タヌキが三平の名を呼びながら駆けていくシーンでははからずも涙腺がゆるみます。

鬼太郎しか知らない人には是非読んでほしい1冊。

最も大衆に受け入れられたカルト漫画家、それが水木しげるの実像なのでは、と私は思っています。

余談ですが、本作、いくつかのバージョンがあって、これまで計4回ほど似たような内容で連載されてます。

私がオススメするのは少年サンデーに掲載されたバージョン。

貸本時代のバージョンは線がにじんでいて読みづらいです。



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