イギリス 1961
監督 スタンリー・キューブリック
原作 ウラジミール・ナボコフ



ロリータ・コンプレックスの語源にもなった作品として有名。

下宿屋の中学生の娘に一目惚れしてしまった壮年の大学講師の執着を描いた異常性愛のドラマなわけですが、おそらく現代日本の感覚で「ロリコン」をイメージして鑑賞にのぞむと大きく肩すかしを食らうことは間違いないでしょう。

え?これ、普通に若い子が大好きで、女で身を持ち崩すタイプのエロオヤジのドラマだよね、と私なんかは思った。

というのも、少女を演じるスー・リオンに幼さを感じられないから、なんですね。

人種の違いもあるんでしょうが、どうみてもスー・リオン、高校生以上。

実際に作中でもストーリーの経過とともにスー演じるロリータは高校生に進級するんですけど、私には最初から最後までずっと高校生のままに見えました。

高校生とオヤジの色恋沙汰がロリコンか、というとそりゃやっぱり的確さに欠けるわけで、そういうのはどちらかと言うと援助交際なのでは、と私は思うわけです。

そのギャップがエンドロールまで埋められないままだったので、やはりこれを少女性愛の異常性を描いたドラマだとはどうしても感じられない。

なんせキスシーンのひとつもなければ、情欲に溺れる描写すらない。

つまりは両者の関係性すらよくわからない、という有様なんです。

当時の映画業界では男女が同じベッドに横たわってるシーンを撮っただけで規制の対象になったらしいですから、がんじがらめの中、苦慮を重ねてこういう形になったのかもしれませんが、それでもですね、やはりテーマを追いきれてない、と言わざるを得ないのは確かです。

じゃあこの映画が何を描いているのか、というと性癖の異常性ではなく、1人の若い女の子に異様に執着し、束縛しようとする中年男性の偏執的で闇雲な恋愛感情なんですね。

むしろこれはストーカーの心理構造に近いのではないか、と私は思った。

ロリコン云々をさしおいて見るなら、こんな時代からこういう男は居たんだ、と知ることが出来たのは発見ではありました。

ただ、キューブリックほどの大監督が153分もの長尺をそれで終わらせてしまったのはどうなんだろう、とやはり思うわけです。

おそらく考えていた形とは違う仕上がりになってしまったんでしょうが、それを差し引いたとしても本当に描かれるべきは、なぜ男はかくもロリータに夢中になってしまったのか、という部分だったと思うんです。

その背景に全く言及することなしに迎えた悲劇的結末は「屈折を省みることのない破綻者の破れかぶれ」でしかないと思うんですね。

不思議にコミカルな演出もあったりして決して嫌いではないんですが、巨匠キューブリックのキャリアの中では一番微妙な一作なのでは、と思ったりしました。





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