アメリカ 2008
監督 クリストファー・ノーラン
原案 クリストファー・ノーラン、デヴィッド・S・ゴイヤー



アメコミどころかヒロイックファンタジーですらないのではと思える迫真のリアリズムで完全に凡百を引き離し、いまだ独走状態にある作品、と言っていいでしょうね。

映画化にあたって普通はまず、ゴッサムシティをどういう世界観で構築するのか、を誰もが考えると思うんですよ。

実際、過去に映画化を手がけたティム・バートンもそこを第一義として、おもちゃ箱をひっくり返したような架空の都市を作り上げ、バットマンに息を吹き込んだように思います。

ところがノーランは、ゴッサムシティを作るのではなく、ゴッサムシティそのものを現実の合わせ鏡とした。

これはバットマン・ビギンズでもそうだったわけですが、本作において、その写実感はさらに焦点を絞り込んできたように思います。

警察や司法を巻き込んだ腐敗構造なんて、今でもどこかの国でありそうですし。

そういう意味ではいわゆる犯罪ものサスペンスに限りなく近いかもしれない。

バットマン自身の活躍がどうこうではなくて、悪事が権力との癒着でまかり通る金満な世の中と、たった一人の自警団の孤独な戦いがどう推移するのかが作品の主筋になってるんで、もはやこれはジャンルそのものがDCコミックの枠外にあるのでは、と思えるほど。

つまるところ、現実に超人的なヒーローが立脚するにはどうあるべきかを超えて、立脚したヒーローは民意にどうさらされるのか、にまでノーランは言及してるわけなんですね。

そりゃもう他のアメコミ映画がついていけるわけがない。

目線をあわせてるステージがはなから違う。

結局、バットマンにしろジョーカーにしろ、この作品ではひとつの駒でしかないんですね。

莫大な資産と科学力を持つ一個人は志と献身で社会を変革できるのか、がテーマなんですよね。

だからエンディングはあのような形で泥をかぶるしかなくなる。

いやはや凄まじいドラマ性だと思います。

亡きヒース・レンジャーの演技も素晴らしかった。

もうジョーカーというキャラじゃないんですよね。

あまたのシリアルキラー、狂えるギャングの象徴的存在にまで役柄は昇華しているように思えました。

反面、ジョーカー、あまりに天才的犯罪者すぎ、と思えた部分もあったんですが、まあそこは唯一のアメコミらしい部分として楽しむべきか、と。

純粋にアメコミを楽しみたい人にとってはあまりに肌合いが違いすぎて、ある意味疲れてしまう作品かもしれませんが、バットマンという素材をここまで緻密に全くの別物として自分の色に染め上げたという点において、やはり傑作だ、と私は思います。

ファンならずとも必見でしょう。





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