アメリカ 1951
監督 ロバート・ワイズ
原案 ハリー・ベイツ



地球外の存在といえば、怪獣であったり触覚の生えたベムであったりした時代に、人語を解する友好的宇宙人を初めて映画に登場させ、人類とのファーストコンタクトを描いた記念碑的作品として名高いSF。

スピルバーグの一部の作品はここをヒントにしてたりするんじゃないか、とちょっと思ったりもします。

いや、知りませんけど。

宇宙人クラトゥが地球人に紛れ込み、アパート暮らしをする展開なんかは今見ても充分面白いです。

地球人より高度な文明と倫理観を備えた彼が、ごく一般的なアメリカ人と交流して何を感じ、どう考えたか、このあたりのドラマ作りのうまさは現在でも通用するのでは、と思える遜色のなさでしたね。

また、敵意のないクラトゥを異物だからとして排除したがる権力者のおろかさを宇宙人側の視点から皮肉に描いたのも秀逸だった、と思います。

この作話パターンは長らく後続に定型化され続けてるなあ、とあらためて感じたりもした。

ただ、さすがにね、51年ですんで特殊撮影のお粗末さはなかなか受け入れがたいものがあったりもする。

特にロボットゴートなんて、そのデザイン性も含めとんでもないことになってます。

どこからどうみても着ぐるみ。

UFOも張りぼてにしか見えない。

さんざんひっぱった割にはオチが弱すぎる、とというのもある。

クライマックス、わざわざ世界中の科学者を集めてまで言う話か、とつっこみたくなったのは私だけではないでしょう。

でもまあ、こればっかりは時代性でしょうしね。

一度醒めてしまうとそれまでか、とは思いますが、地球人は決して広大な宇宙の孤児ではなく、きっと他の天体にも仲間がいるはずだ、と多くの人が夢想していた時代背景を鑑みるなら、この作品はエポックメイキングであっただろう、と想像に固くない。

古典であることは間違いないですが、私はワイズ監督のストーリーテラーとしてのうまさを堪能できたんで、良しとすることにします。

ちなみに2008年にキアヌ・リーブス主演で公開された「地球が静止した日」はリメイク。

大枠をなぞらえてはいるものの、多くの改変があってこの作品とは全然違います。

どっちが良いとは一概に言いがたいですが、この題材が観客に訴えかけることが出来たのはこの時代だけだったのでは、と思ったりはしました。





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