アメリカ 1999
監督 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック、フレデリック・ラファエル 



私の勝手な思い込みなのかもしれませんが、大監督と呼ばれる人に限って晩年になると性と倒錯をテーマに映画を撮りたがるような気がして仕方がないですね、なんだか。

古くはアンリ・ジョルジュ=クルーゾーの「囚われの女」とか。

まだご健在ですが、ロマン・ポランスキーの「毛皮のヴィーナス」とか。

老いてなお最後にいまだ興味の尽きぬもの、不可解きわるものって、やっぱり性なのかな、と若輩ながら思いを巡らせてみたり。

こればっかりは自分がジジイになってみないことにはわからないわけですけど。

で、肝心の内容ですが、さすがはキューブリックなだけあって、実に緻密に、飽きさせることなく、サスペンスフルな159分であったことは確かでしたね。

ニコール・キッドマンが惜しげもなくばんばん脱ぎたおすわ、セクシーなランジェリー姿でしなを作るわ、ベッドシーンは披露するわの大活躍でしたんで、興味本位でご覧になったお父様方もきっと満足いただけたのではなかろうか、と。

私の記憶する限りではキューブリックのフィルモグラフィー史上、一番エロいですね、この作品。

そこはもう、かつて「ロリータ」で規制をかけられ全てを表現しきれなかった鬱憤を晴らすかのごとく。

テーマとなってるのは「夫婦の倦怠」。

それを恐ろしい回りくどさであれこれこねくりまわした挙句、最後にそれなりの落とし所を見出す、という構成。

ただね、これってある意味、何も起こっていない、何も変わっていない上での相互依存的解決、という解釈も可能かと思ったりもするんです。

色々あったけど無事だったからそれを大事にしようじゃないかと、ただ平穏であることのありがたみを再認識しただけ、とでもいうか。

なんとなく一部のフランス映画みたい、と私は思った。

それをしゃれてる、洒脱だ、ととるか、だからなんだったんだよ結局よ、ととるかで大きく評価は変わってくるような気がします。

最後まで緊張感が途切れず、しっかり見せきる辣腕ぶりはこれまでとなんら遜色はないんですが、私の中では「スパルタカス」と並んで問題作であるように思えたりも。

そもそもですね、この物語の発端って、ニコール・キッドマン演じるアリスが別にわざわざ言わなくていいことを夫に告白して、夫であるビルをひどく惑わせたことから始まってるんですね。

なんでお前はそんな余計なことをベラベラしゃべって善良な夫を不安におとしいれるのだ、と。

悪女なのか、と。

それがいつのまにか終盤では夫を許す側に回っちゃってるのがなんか解せない、というか。

キューブリックは夫婦関係の鍵を握るのはすべて妻なのだ、とでも言いたかったんでしょうかね?

文句なしに質は高い、と思うんですが、一言でいってしまうなら変な映画、でしたね。

その変さにシンパシーを抱けるかどうか、それが楽しめるか否かのキーであるように感じました。





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