アメリカ 2001
監督 スティーブン・スピルバーグ
原案 スタンリー・キューブリック



「愛する」という感情をプログラミングされた子供型ロボットの数奇な運命を描いたSF大作。

この映画を見るにあたってまず注意しなければいけないのは、これは架空の未来世界を舞台とした「ピノキオ」が下敷きとなる寓話である、と言う点。

そこを読み間違えると気持ち悪いとか嘘くせえとか暗いだけといった酷評で全部終わってしまう。

そりゃね、私も、じゃあ「愛する」という感情を持たない他のロボットの自立性は何に支配されてるんだとか、ロボット三原則はどうなってるんだとか、未来社会の描写にリアリティがないとか、色々思いましたけどね、そこは多分ぼやけたままでいいんだと思う。

換骨奪胎されたSF御伽噺が描きたかったのは多分そういうことではなくて。

この作品のテーマって、愛することを知ったロボットは果たしてロボットと呼んでいい存在なのか、ってことだったと思うんです。

突き詰めるなら、それは生命体の定義にまで及ぶ懸案。

多分ね、感情を持つロボットが世の中に現れることって、そう遠い未来のことじゃないと思うんです。

もしそれが現実になったとき、人はどのような反応を示すのか、という検証をファンタジーの衣に包んでアイロニックに冒険譚としたのがおそらく本作。

だから、哀れにも悲劇的な内容になって当然。

むしろそこに手心を加えなかっただけでも私は良くやった、と思う。

だって、異物を排除しようとするのが人と言う種の本質ですから。

たとえどれだけ見かけが人間そのもので、感情を持っていたとしても、少しでも違うものは受け入れられない、受け入れようとしないのは、人種を諍いの種とした人類の歴史を見ても歴然。

そこにあるのは問いかけなんですね。

この作品ではこのようなお話になりましたが、あなたならデヴィッドとどう接しますか、という。

さらに私が素晴らしい、と思ったのはペシミスティックなこの物語に、異物には異物のためだけの「救い」を用意してみせたこと。

人に拒絶されたロボットは、誰の手によって、どういう形で最後に心の安寧を得るのか、その発想の奇抜さといい、シチュエーションの幽寂さといい、これぞSFでしか描けないラストシーンだ、と私は号泣。

何故デビッドがそのような恩恵にあずかるにいたったか、その経緯も実に皮肉に満ちていて痛切で、見事。

ただまあ、ちょっと長すぎ、というのは若干あったかもしれません。

おかげで3回ぐらい断続的に泣かされる羽目になったし。

スピルバーグならではの心優しすぎる視点がちょっと鼻についたりもしましたし。

多分これ、キューブリックがやってたらとんでもないことになってた、と思います。

もう、見終った後、立てないぐらいの代物に仕上げてきたのでは。

しかしながらそれら全てをひっくるめて、あえて傑作、と私はこの作品を評したい。

ここまで踏み込んだSFって、なかなかないですよ。

なんか愛の独善性にすら思いを馳せてしまいましたね、私は。





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