イタリア 2013
監督 ファビオ・グラッサドニア
脚本 ファビオ・グラッサドニア、アントニオ・ピアッツァ



アラン・ドロン主演の「サムライ」にオマージュを捧げた映画、とのふれこみですが、不勉強ながらサムライは未見。

なので、なにがどうオマージュなのかはよくわからないんですが、それら前情報を抜きにして視聴後の感想を率直に書くなら、まあ、よくあるタイプのフィルム・ノワールだな、と。

非情な殺し屋がさしたる理由もなく標的であるはずの盲目の女に心奪われ、組織を裏切ってまで女をかくまってしまう、というのもさんざんやりつくされたパターンだ、といえばそうですし。

いや、その手の恋とも愛ともいえぬ心のゆらぎをニヒルな殺し屋に投影したドラマって、はっきりいって好物ではあるんですけどね、なのになぜのれなかったのかというと、ひとつだけこの作品、序盤でわけのわからないことをやらかしてるから、なんですよ。

わざわざ盲目の女をキャラクターとして設定してきたにもかかわらず、拉致後、突然女の目をすぐ見えるようにしちゃうんですよね。

しかも頭を打ったショックで治った、という理由つきで。

なんだこの適当で説得力のないご都合主義的な展開は、と唖然、さらには、すぐ見えるようになるんなら最初から見えてる状態で別にかまわねえじゃねえかよ、と。

見えないハンデを背負った女が、自分を拉致した男とどういう風に気持ちを通わせていくのかを描くからこそ殺し屋の亡くしたはずの慈悲心みたいなものがうっすらと形を成してくるわけで。

なんでわざわざ作り手の側から安い色恋沙汰みたいなところに物語を誘導するのか、と。

まあ、それなりに盛り上がりはします。

余計なセリフを排し、べたつかせずストイックに仕上げてきた手腕は評価してもいいと思う。

でも最初のおかしなつまずきを、おかしいとも思わずに見せつけて気づかないままだから、どうしても平均点以上に突出した出来だとは私には思えないんですよね。

もっていきかた次第では号泣もありえた、と思うんですけどね、残念。

わざわざ自分から囲いを作ってありがちな着地点をセッティングしたかのような印象。

それがオマージュということなのか?

うーん、私にはわかりません。





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