8月頃、京都府八幡市の岩清水八幡宮に行って来ました。

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なんせ岩清水八幡宮、といえば伊勢神宮と並んで二所宗廟(皇室が先祖に対して祭祀を行う二つの廟)とされている神社ですしね。

いったいどんな感じなんだろう、と。

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八幡神といえば全国でお稲荷さんと並んで最も多く祭られている神。

その代表格みたいなところですから、なんかあるのでは、と思うわけです。

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ただ、二所宗廟、元々は大分県にある八幡神の総本社、宇佐神宮だった、と言われてるんですよね。

それがなぜ岩清水八幡宮になりかわったのか。

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いやその大分県は遠いし、行くの大変だし、ってことで変更になったんじゃないか、って言われてますが、なにぶんちゃんと記録が残ってないのではっきりしたことがわからない。

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そもそもこの八幡神ってのが謎の多い神でして。

一般に八幡神ってのは応神天皇のことだ、といわれてますが、そもそもの発祥が九州であるのなら、本来は渡来神だったのでは、という説も根強いようです。

どうも応神天皇は後付けで八幡神にされちゃったっぽい。

ちなみにこちらの祭神は応神天皇とその母君、宗像三女神の三柱。

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では八幡神とはいったい誰だったのか。

非常に面白い考察が以下のサイトでなされてます。

http://www.buccyake-kojiki.com/archives/1043247820.html

八幡神とは九州で暗殺された応神天皇の父、仲哀天皇のことではないか、と書かれてるんですね。

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詳細はここでは記しませんが、確かにそう考えると色々解せるんですな。

早い話が怨霊調伏、祟られないように盛大に祀りましょう、と。

わざわざ京の都にある神社にまで仮託して祭事とする理由も、その根底に悲運の死を遂げた皇族を神格化して繁栄の礎とする意図が働いているのだとしたらひどく納得できるできるものがある。

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ただそれをあんまりあからさまにするのもなんだから、建前上は応神天皇と宗像三女神ということにしておこう、と。

いかにも当時の為政者が考えそうなことだ、と思うわけです。

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仲哀天皇はヤマトタケルの子である、という説もあるようです。

だとしたら菅原道真や平清盛どころの話ではない非業の死をとげた別格の大怨霊、という考え方もできるわけですよね。

そんなとんでもないものを放置しておいていいはずがない。

故にここまで八幡神信仰は全国に拡大し、今も慰霊、鎮魂され続けているのだ、と。

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本当に京都ってのは「呪い」とか「怨念」だらけだな、とつくづく思いますね。

一皮めくるととんでもないものがごそりと顔をのぞかせる。

ちなみに写真は展望台にあった謎の竹細工。

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展望台から見渡せる橋本の街並み。

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私は表参道を歩いて本殿まで行きましたが、駅からケーブルカーで行くことも可能。

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おまけ。

岩清水八幡宮の近くにある「ながればし」。

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数々の時代劇がここで撮影されたことで有名。

でも増水するとすぐ壊れちゃうらしいです。

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流されるたびにもう新たに橋をかけ直すのは予算的に無理かも、ってなるらしいですが、とりあえずこの日は健在でした。

もう10歳ほど若かったら、雨風激しい台風の夜とかに来てみたいところですね。

さすがにそれは生死にかかわるか。

さて、次はどこへ行こうかな。



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