スペイン 2014
監督、脚本 カルロス・ベルムト



日本の魔法少女のアニメが大好きな12歳の女の子が、実は白血病に冒されていて余命いくばくもなく・・・というオープニングからは、どう考えてもSFかホラーかダークファンタジーに転ぶしかない、と私は見立てていたんですが、これが最後まで見てびっくり、デヴィッド・フィンチャーかよ!とでも言いたくなる一寸先の読めぬクライムサスペンス?だったりする。

もしくは、屈折した愛憎劇をテーマにしたいびつな人間ドラマ、と言ってもいいかもしれません。

監督の頭の中には古き良き時代のフィルム・ノワールが絵図としてあったらしいですが、破天荒さ、毒々しさがノワールと呼ぶことをどこか私にためらわせますね。

まず、最初に注意しなきゃいけないのは、タイトルでもあるマジカル・ガール=少女は格別主題であったり、主役であるように見えない、ということ。

そこを期待するとシナリオ展開にこっぴどく裏切られます。

どちらかというと少女は物語に狂気スレスレの彩りを添える確信的「場違い」だったりする。

主筋となっているのは少女のために金銭を工面しようとする父親と、精神疾患を抱えた様子な女のやりとり。

見事だったのは、逐一説明することなく、どちらかというと突き放し気味なのに、これいったいどうなるんだろう、という興味を最後まで見る側に抱かせ続けたことでしょうね。
 
いったい物語はどうなるのか、一切の予測ができない。

これ、最近の映画じゃ稀有な事例だと思います。

構成の巧みさにも唸らされました。

なんだこのシーン?と不可解に思える場面が見進めることによって全部きっちりつながっていく。

そうとう練られてるな、というのはあえて振り返るまでもなく断言できる。

そこはもう、言うまでもなく才能の賜物。

結局、大きく論点となりそうなのは、衝撃のクライマックス、思わせぶりなラストシーンをどう解釈するのか、という点でしょうね。

愛がいかに利己的であるかを描きたかった、もしくはたかがドレスに90万円もの値がつく消費社会の異常さに警鐘をならした、等々、あるでしょう。

しかし私は実はこの物語の主人公って、実は女が守護天使と呼ぶ初老の男、ダミアンではなかったか、と思うんですね。

詳細は語られないのでわからないんですが、ダミアンが刑務所に服役するにまで至った要因たる女からの精神的解放をラストシーンが示唆しているのだ、と考えると、何が許せて、何を許せないものとして作り手が暗示しているのか、その輪郭がうっすらとおぼろげに見えてくる。

潜んでいるのは聖性の裏側にある無邪気と呼ばれる丸裸な邪気。

しいてはそれが残酷にもタイトル「マジカル・ガール」にかかってくる。

人によって感想は様々かと思いますが、見終わってこうもあれこれ思索をめぐらせる映画って滅多にない、と思います。

なんだか気持ちがぞわぞわする1本。

そのぞわぞわがたまらん人にとっては、傑作!と思わず声をあげる作品かもしれません。





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