アメリカ 1998
監督 ウェス・アンダーソン
脚本 ウェス・アンダーソン、オーウェン・ウィルソン



なんとも奇妙な映画。

やたら勢いと行動力だけはあるが学校の成績はさっぱり、という主人公の少年マックスと、なぜかそんなマックスに入れ込む中年ハーマン、そして、その二人に求愛されて戸惑うヒロイン、クロスのおかしな三角関係をえがいた作品なんですが、これがラブロマンスともコメディともいいがたい妙な質感があって、どうにも混乱させられること、しきり。

不思議なおかしさはあるんです。

ただ、面白おかしく笑わせよう、と監督は全く狙ってない。

これをどう表現していいか、よくわからないんですが、キーとなるのは「ズレ」だと私は思うんですね。

私が着目したいのは、この作品において、大人も子供も老人も、何故か全てが並列に扱われてる不思議。

まるで歳の差や年齢が存在しないかのように登場人物は振舞うんです。

つまり物語の前提がさしたる理由もなくもうすでに変なんですね。

その変さがストーリーを追うにつれ、非現実的な「ズレ」を増幅させていく。

だいたい冷静に考えりゃですね、いくらマックスにバイタリティがあったところで19もクラブを掛け持ち出来るはずもないし、ハーマンが私財をなげうってマックスの水族館作りに協力したりするはずもないわけで。

でも出発点がすでにおかしいから、それを面白味として納得できてしまう。

オフビートなわけでもなく、シュールなわけでもない。

でもなんか気がつけば頬がゆるんでる。

こんな奇矯なふざけかたは初めて目にしましたね、私は。

もちろん、登場人物達にそれをさせているのはマックスだ、という解釈もできるかと思いますし、それゆえマックスが唯一年齢を平滑化できなかったクロスに対して執着するドラマをラブコメディとして成立させたい意図がそもそもあったのだ、という見方も正解でしょう。

だったとしても結果、出来上がったものがこれ、という点に私はとんでもないセンスを感じたりしますね。

計算してできるものじゃないと思う。

音楽の使い方も独特。

評価は徹底的に受け付けないか、絶賛かに二分されそうですが、奇才と呼ばれるだけはある、アンダーソン監督、と、どこか納得の一作でしたね。





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